波紋する感動の味

海と大地に愛された人魚だけがその果物を口にすることを許されているのだとか・・・。
食べたものを魅了してその感動で潮の流れすら変えてしまう、この世の中にはそんな魅惑のスウィーツが隠されているらしい。

「シーベッドスウィーツ」

伝説の果物の名だ。
あるマーメイドがそれを口にして以来、他のものの一切を口にできなくなったと言った。
それを聴いた者は一様に果物の在処を探したが、海底に空間ごと隔てられた立ち入り不能な領域にようやく２つ見つけただけにとどまり、未だ誰も口にすることができていない。
後にそのマーメイドは拒食による衰弱で体は朽ちてしまったが、食した時に全身を駆け巡った味の感動が世の理をも揺るがしたのか、いまもその精神体は現世にとどまっており生前と同様の暮らしを続けている。

実がなる木は深海にだけに群生する「マリンベッドツリー」
　「実を結ぶのは５８０年に一度だけ」、
　「食べられることを察知すると身が蕾まで逆戻りする」、
　「受粉の際に不純物が混ざると群生する他の樹を巻き込んで死滅する」
などあまりに理不尽な言い伝えが山ほどあるこの種。
その中でも熱湯が噴き出す一帯にだけ生息する「ホットマリンツリー」と、海流が早い箇所にだけ生息する「カレントマリンツリー」の２種類が合わさって生まれた新種「オウフルマリンツリー」でなければ、ただ酸っぱいだけの果実しか実らないのだという。
オウフルマリンツリーの生息地帯はいうまでもない。

他のものが食べられなくなるほどの美味、それを口にできるのはそれだけの覚悟がある者のみということなのだろうか。それとも我々は単にこの樹に弄ばれているだけなのだろうか。