Atradium

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影の城

いまから数百年も昔の話。

とても栄えていたひとつの国があった。民は皆手を取り合い、互いを傷つけることは無く、誰もが分け隔てなく平等であった。限りなく平和だったその国に、どこからかやってきた旅人は告げた。
「美しい国のシンボルをお造りになってはいかがか。幸福が永く続くよう願いを込めて。」
民は皆困惑したが、その国には確かに目立つものは無く、どこか平坦でもあったから、諭されるとそのままに建造を進めることにした。


後に国の、もっとも星に近いところに、大きな城が建てられた。
そして民は気がついた。
この国に、統治する王などいない。皆同じ目線の暮らしは対等だった。

途端に国はざわめきだして、だれが城に住まうのか争いが始まった。

数日もたたないうちに、美しかった国は荒れ果てて、民の中からひとりの男が城にのぼったが、その男は翌日姿を消した。次の日、そのまた次の日と城にはひとりずつ我こそとのぼっていったが、誰ひとりとして王座に座ることはできず、やがて国の民はいなくなった。
この国には王座は存在しなかったのだ。

荒廃した国の、星に一番近くにそびえる城が満月と重なった夜、いつかの旅人が帰ってきて告げた。
「美しい国はこれからつくられる。永い幸福の約束の元に。」


地図から消えた国は、満月の影の中にひっそりと浮かび上がるという。そこに住まうのは手を取り合って輪を作るだけの骸のエフィル。
ただ、城の周りを徘徊して回るだけの、悲しき焼け跡。