Atradium

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失われた乗り物

眠れる空腹の怪物

とある冒険団が異界から持ち帰った設計図を片手に作り上げた乗り物《エアデル》。その構造は複雑を極め、組立の段階で予期しないエラーを生じさせていた。意思を持たない怪物が形成されつつあったのだ。
密かに胎動を大きく、呼吸をしていた化け物が暴れ出さなかったのは、幸か不幸か腹を空かせきっていたからだった。
乗り物はやがて完成し、同時に形作られた化け物も成長を終えて完全体となっていた。いよいよ出発の日を迎え、冒険団は待望の大空を抱えてどこまででも飛んでいける期待に満ちていた。荷物を積み込み、全員が乗船し、エネルギーも満タンまで充填された。
「テイクオフ」
街の民に見送られて、エアデルは浮上して大海原の上をゆっくりと飛び始めた。
しかしこの僅か数時間後、エアデルは無人島に墜落し豪火となって島共々消し飛んだ。


目覚めと飢えと→終焉←英雄へ

エネルギーの重点によって、エアデルの怪物は腹を満たしていた。はじめて全身に力がよぎり、ゆっくりと動き始めていた。いち早く異変に気がついた機関士がその存在を団長に報告するも、直後船内通信に意識を取られた背中が怪物の餌食となった。団長はすぐに技術者と記録係を招集して事態の全容を調査し始めるものの、機関室を起点に次々と船内を荒らしまわり、まともな話し合いは出来なかった。唯一全員が理解できたのは、怪物の力が着実に強まっていることそれだけだった。
ついに船はコントロールを失って船内が大きく傾くと、どこかへ行ってしまっていた船の設計図が会議机の上に飛び出してきた。図上には機関士のものと思われる殴り書きのメモと、いくつかの印が至る所に書きこまれていた。荒れ乱れる船員を押しのけて団長が設計図を奪い取り、内容に目を通すとーーー
・エアデルの推進力を司るエンジンは不完全である
・設計図自体が不完全らしい
・(図中の破れた部分)←繋ぎ目?
・(図中の破れた部分)←なにかがおかしい
・この部分はエンジンの設計(あとでメンテ!)
・この部分があきらかにおかしい
・ここの構造が妙だ
・不自然
・臓器?
・(!注意)間違うと勝手に動く!
・まるでライフの解剖図

記述に悪寒がして冷静さを取り戻した団長は、恐る恐る設計図を裏返した。そこには機関士の字で複雑な計算式とともに、船内通信の要点をまとめた覚え書きと、聞き覚えのないメッセージが書き連ねられていた。団長は全てに目を通したあと一呼吸おいてから、叫びまわる船員たちに一喝入れた。
「この船の半分は異界で考案された怪物でできている。今船首に巣食うてるあの化け物は船とヒトを喰らいながら残りの半分を補完しようとしてるらしい。我が同胞が最期に導いてくれた計算の結果は、奴が完全復活したときはかつてない大災害で大地が消えるということだ」
団長が設計図を台に置くまでに、団長も、船員も、心はひとつになっていた。
その海からすぐ近くに、人手不足で閉じた炭坑の島がある。まだ燃料は大量に残っているその島の力を借りて、船もろともまだ目覚めきっていない怪物を葬り去ろう、と。

今となっては完全な昔話ではありますが、この冒険団が出発した街の近くの海では、いまでもエアデルの蜃気楼や海の中に黒く大きな影を見るといいます。