Atradium

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ムッシュの戯れ言

予言者ですか狂言師ですか?
学者ですか著者ですか?
ーーいいえ、ムッシュです。


寡黙で無言なおしゃべりさん

世には変人が溢れていますが、ムッシュも十分変人です。
毎日毎日くる日もくる日も、ムッシュはいつも石盤に文字を刻み続けます。
雪の日も風の日も、嵐の日も日照りの日も。

彼は言葉を口にすることはありません。
でもだからといって筆談をしてくれることもないのです。手話もなければ、アイコンタクトも取りません。
ただ、刻む文の末尾には必ず署名があるので、みんなからムッシュと呼ばれています。


いつも話題の最先端

ムッシュは何を考えているのかよくわかりません。
以前隕石が落ちてくる日と場所を正確に予言した文を書いたこともありましたし、
ラップのようにひたすら韻を踏む文面が綴られた日もありましたし、
有名な童謡を写経のように何本も書き続けたこともありましたし、
いろいろな言語で「こんにちは」とだけ書いていた時期もありました。
資料館の文献を書いたこともあったかもしれませんし、
実在(現存)する冒険者の今現在の様子を書いていたというちょっと怖い話もありました。

これだけでも不気味で面白い話なのですが、これを際立たせるのがムッシュの字体です。
ムッシュは無精髭が何年も伸び続けた猫背で小太りなラットのオッサンなのですが、その字のかわいいことかわいいこと。しかも絵文字入り。
ときにその字面と文体は、ブームを引き起こすこともあるのです。


神出鬼没な仕掛け人

ムッシュは今、石版の材料になる岩石が豊富な山の麓に住んでいますが、なにぶん毎日文字を刻み続けるのでそこもいつか離れてどこかへ旅立っていくでしょう。これまでもずっとそうでした。
河原に住み着いて砂利ひと粒ひと粒に一文字ずつ刻む時期もあれば、
天才彫刻家「チソーボゥ=リング」氏のアトリエに潜んで作品を片っ端から文字で埋め尽くした日も、
深い谷の一番下に1フレーズだけ残してきたことも、
どうやってたどり着いたのか夜空に浮かぶ星に文字を刻んでいた年もありました。

これだけいろいろな場所でムッシュを見かけたヒトはいても、彼が移動している瞬間を見かけたヒトはいないのです。
気が済んだら「立つ鳥跡を濁さず」の姿勢がまたカッコいいことカッコいいこと。また差し入れは絶対に受け取らない徹底ぶり。
数カ月おきに作られるムッシュの戯言集がでるたびに子供たちは彼を真似して怒られていますね。