Atradium

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ギップルに住まうコバルトの妖精

『雨の降りしきる薄暗い炭坑』

ギップルは評判のいい街ではない。
しかしヒトが去ったからこそ伝わること無く途絶えたままの、秘密の物語が眠っているのである。



私は峠を2つ越えた拓けた町に住んでいた。そこは天気のいい日が多く、雨好きな私はよく散歩がてらギップルまで通っていた。幼いからか町並みに怯えることも無く、いろいろな場所を散策して回っていた記憶がある。当時は目にもくれなかった思い出が、一冊の日記帳をめくるうちに鮮明によみがえってきて、今いくつかの発見と疑問を元に、この記事を書いていくことにする。


《炭鉱の町ギップル》

遠い昔、ギップルの山々には珍しい金属がごろごろ転がっていた。
通りがかった行商人がこれを見つけて歓喜し、大慌てで仲間を呼んで金を拾い集めた。
数日とたたないうちに山の色は金から緑に変わり、やがて商人たちは地中に手を伸ばすようになった。
しかし期待とは裏腹にギップルは鉱山ではなく、でてくるのは大量のコバルトと少量の燃料。
まもなくヒトの気は去っていき、当時建てられた数えるほどの事務所と食べ残しのコバルトだけが廃墟として今に残されている。

置き去りにされた炭坑員の手記によると、中央にそびえる不気味な巨塔は、彼らが足を運ぶ頃にはすでに建てられていたらしい。
数少ない原住民らが塔への立ち入りを頑に拒むこと、その不気味な雰囲気、そして恵まれない気候によって、ご存知の通りギップルはもはや地図上からも抹消されそうな街となっている。


《出会っていた妖精たち》

ギップルの原住民は、炭坑員たちと言葉を交わすことも無ければ、顔を合わせようとしたことも無かったらしい。それは現在の幼い少女も例外ではなく、私が道端で出くわしても目もくれず、いそいそとその場を立ち去っていくばかりだった。そんな態度を向けられたものだから、私も悪戯をしてやろうと思ったのだ。いくつかの家屋に忍び込んで驚かせようと企んだ。雨よけのために出入り口が少ないものだから潜入には苦労をした覚えがある。
そうだ、唯一あの街で私は言葉を交わした相手がいた。そのヒトは原住民たちともよく接していたようだ。というより、原住民は彼らに対して敬うような態度を取っていただろうか。あぁそうだ、唯一という表現は正しくないのだ。同じような容姿で、声色で、性格を持っていたけれど、彼らは複数人いた。
今ある知識や発想から言葉に置き換えるなら、彼らは妖精だったのだろう。


《塔と崇拝》

もちろん潜入はあの巨大な塔も例外ではない。ただでさえ視界が悪くて全貌が見えないというのに、実際に計測した方々の情報によればその全長は50キロにも及ぶのだというのだから、あの頃潜入が失敗したのは幸運だったのかもしれない。今でも延々に昇り続けているかもしれないから。
塔の入り口は、周辺をくまなく探してみても正面の1カ所だけだった。窓は明かり取りの猫の額程度の大きさしかないから通り抜けはできないし、周辺の地盤はぬかるんだ他とは明らかに違ってとても硬かった。正面突破の隙を狙おうと、いったいどれだけの時間を張り込みに割いたことだろう。結局部外者が立ち入れる瞬間なんて一度も無かった。
そう、部外者が立ち入れないのであって、原住民は定期的に少数名が訪れてきて、エントランスに置かれた飾り棚に持ち寄ったコバルトと塩を供え、中へと足を進めていくのだ。だが私はあの塔からでてきたものを見たことは無いのだ。本当に恐ろしいのは、あの廃れた街のどこに、塔に消えていくだけの住民が潜んでいたのかがわからない点なのだ。


《魔法の発生》

採掘されたコバルトをくすねたことがあった。最近になってこれをいろいろな研究所に送り、成分や歴史を調べてもらった。正確な情報を得るため、同じ種類の調査を行う施設でも最低3カ所には同サンプルを送ったまとめが次の通り。
・歴史はモザイクがかかり覗くことができない
・天然ではなく人工的に作られたものである
・他ではみられない特殊なパターンの魔法を秘めている
・この魔法の展開には、また特殊な装置が必要になる
・ギップルに近い地区になるほど魔法の反応が高まる
・時々、鳴る
・音はとぎれとぎれの物語、もしくは暗号のようで、法則を見つけることができれば読み解くこともできるだろう


《蜃気楼》

ここまで書き記してから付け足すのもおかしな話だが、ここ数年間は私自身ギップルには足を運んでいない。というのも、私の自宅からギップルの方角を見ると、ほぼ毎日といっていい頻度で子気味悪い蜃気楼が見えるのだ。慣れ親しんだ街に足を運びたくなくなるようなシルエットが浮かぶ、あのおぞましい雰囲気から察するに、いまあの街に足を踏みいれるのは危険だろう。
ほとぼりが冷めた頃、今一度新しい考察とそれまでの観察結果を資料館に提出するので、それまでしばしのお別れです。ありがとう。